小説(5)外資系の会社に入った、というよりも、中小企業オーナー会社にはいってしまったんだな、と松田は会議を終えたとき、そう思った。深田社長は、少々頭ははげ上がってスダレ状態だが、バイタリテイー、行動力には負けない、といった自信にみなぎっていた。ある意味で、カリスマ性をもちあわせているんだろうなと思った。しかし、その強権的手腕、今回のような休みをけずるとか、いったやり方、社員がついていける人でないと、難しいだろうなと思った。席にかえると、ITの担当者である愛川が、安藤となにやら話をしている。 「どうしたんですか?深刻そうですね」 「監査あるっていってたでしょ。その準備ですよ。ある意味でね」 安藤が重い口を開いてくれた 「でも、ただ日々の証憑と帳簿を準備していればいいだけの話ではないのですか?」 愛川と安藤は顔を見合わせた。 「それが、そういうふうにいければいいんだどね」 「というと」 「この会社はね、二回決算をするってことなんですよ」 「二回?」 「そう、二回ね」 「会計基準の違いからですか?」 「そんなまっとうなもんじゃないんですよ。数字をつくっていくんですよ。」 つまり、こういうことだ。親会社から、おまえのところはこれだけの利益をだせ、とせっついて来る。バジェット、予算だ。しかし、根本的に日本のマーケットを理解していないから、アメリカで売れるソフトが海外で売れないわけがない、という理屈が出てくる。アメリカの会社は、ヨーロッパの会社にくらべてこれがきつい。 そこを気骨ある社長なら押し返すところだが、そう、アンテラアンタテインメントの設立メンバーなんだから、もっと強く主張すべきを主張してもいいはずなのだが、できない。今にして思えば、面子というのもあったのかもしれない。また、浅草のおもちゃ問屋の「おやじ」といった風体からして、なんでも「いいよ、まかせとけ」となったのかもしれない。 しかし、売れないものは売れない。 そこで、たとえば、100本の注文があったソフトの発注書を修正液で1000本に直し、売上本数を水増しする。なおかつ、販売ソフトを正式のものとは別にもう一本はしらせ、それで偽の売上を管理する。それは、深田の発案らしかった。そのためかどうかわからないが、入社の一ヶ月前に愛川が入社したのは、そのITの腕を見込まれてというより、深田の発案を、実現できるということで採用されたらしかった。 「でも監査でアメリカから来るって言ってましたけど、その人が日本語の請求書とか見てわかるんですか?」 安藤がはき捨てるように言った。 「わかるわけないじゃないか。私に通訳というか翻訳させるんだよ」 安藤は、いくぶん手をふるわせながら、セブンスターをとり、火をつけた。一見、温厚そうに見えるが、どこかにいらだちをかいま見せる。深田が安藤が病気がちというのも、深田の判断ひとつひとつが彼にストレスの病根をうえつけているのかもしれないと思った。 しかし、売り上げを水増ししたところで、ばれるのは目に見えている。売ったのにお金が回収されないままだと、「これはなんだ?」となるのはひをみるよりあきらかだ。 「監査は日本の会計事務所がやるんですよ」 赤城が、パソコンにむかいながら言った。 「トーマツとかああいった?」 「そんな大きなとこじゃなくて、ちっちゃいところですよ」 「向こうからくるのは、そのまえに日本の決算の状況を 、会計監査まえに見にくるってことでね」 それは例年どおりということだった。それはそうだろう、半日で帳簿を全部みれるわけがない。それにいまさら、数字をどうこうできるわけもない。結局、恒例のアジア観光という趣だと安藤は言った。 もうかっていると深田は言っていたが、なんだかとんでもない会社にはいってしまったような気がした。日本のように帳簿記録係でない経理をやりたくて移ったが、入社初日にして、その願いがどうもかなわないことを、松田は実感した。 |